改めて、ブラック吹奏楽部の何が問題なのかまとめてみる

最近、クローズアップ現代プラスで「ブラック部活動」について特集されました。同番組では特に、吹奏楽部についての焦点が当てられました。

そこで改めてブラックな吹奏楽部の何が問題なのかをまとめ、私なりの解決策を考えます。

ブラック吹奏楽部の何が問題なのか

①異なる価値観の否定、統一された価値観

多くの吹奏楽部の顧問が自身の価値観を部員に吹き込み、その価値観が代々受け継がれ、一種の思想統制状態に陥っていることは言うまでもありません。

おそらく日本のスポ根文化や「笑ってコラえて 吹奏楽の旅」に出演した強豪校の影響か、日本中の吹奏楽部にもそれらが適用され、長時間死ぬほど練習をすることが是とされてきました。結果、現状でも多くの吹奏楽部員が何の疑問をもたずに、土日はおろか盆や正月返上で練習することが当然だと思っています。(私は吹奏楽部にもたらした「笑ってコラえて」の悪影響は大変大きいと思います。)

顧問の思想に従わない人間は、批判の対象にもなり得ます。ひどい場合、人格否定の暴言や暴力を放つ教師もいます。部活のほとんどは接する人間が限定されているため、顧問の力が肥大化しているところも、少なくないでしょう。

生徒を恐怖に陥れることで、画一化された価値観を押し付ければ、主体的判断力を教師が奪うことにつながります。これは、学校の部活動の理念に反します。むしろ、教師は生徒に主体的な判断の機会を与えるべきです。

加えて、これは個人的な意見ですが、コンクール時に叫ばれる「お客さんのため」というアイデアほど独りよがりな欺瞞はないと考えます。

吹奏楽コンクールの聴衆が本当に「最高の演奏」を望んでいるかと言われれば、疑問です。むしろ、7、8割方の人が気にしているのは、「演奏のパフォーマンスがどの程度で何賞あるかどうか」である気がします。奏者はまるで美しいものを届けようとしていますが、私は特に支部大会以下の大会において、そんなものが簡単に聴衆に伝わるとは思いません。多くの聴衆はあくまで評価者として、冷静に演奏を見ているのが私の実感です。

②死ぬほどの長時間の練習・体力の酷使を是とする文化

先ほども挙げましたが、運動部だけでなく吹奏楽部にも日本のスポ根文化が適用されています。このことは教師と生徒の心身の健康を阻害します。場合によっては、死に直結します。

例えば、吹奏楽部所属の中学生の3人に1人が顎関節症であるニュースは、有名です。管楽器の場合の場合、息を入れるたびに顎にかなりの振動が伝わるのは、容易く想像がつきます。特にマウスピースを噛みながら息を吹き込むクラリネットやサックスの奏者は、歯に振動が直接伝わるため、顎関節症の危険性が高いはずです。
(参照:中学吹奏楽部の管楽器担当 3人に1人が顎関節症 兵庫医大(神戸新聞))

時間のことを言えば、土日をはじめ夏休みや冬休みも、部活で埋まっている吹奏楽部が少なくありません。その場合教師も生徒も、家庭などでのプライベートの時間が取れないことが考えられます。実際に、僕の中学の頃の吹奏楽部の顧問の家庭も、崩壊状態でした。

ひどい場合、保護者が部活を託児所として捉えているケースもあるようです。教師にも家庭やプライベートが存在するにも関わらず、保護者はお構いなし。部活のせいで、月の残業時間は過労死ラインをゆうに超え、100時間以上となる先生方も決して少なくありません。通常業務もこなせずに部活によってプライベートの時間が一方的に削られ、心身に支障をきたす程苦しんでいる先生が実際に多くいます。

③退部のしにくさ

顧問や部員らの目を気にして、部活をやめられないことも問題です。現に、辞めようとすれば糾弾される部員も少なくない。かりに部活は辞めても、顧問や部員とは学校で顔を合わせるため、気まずい思いをします。ヒエラルキーありきの学校という場で、部をあとにする生徒が負う精神的負担は計り知れません。

さらに言えば、多くの吹奏楽部で退部制度が整っていないことも、おかしい。人間には、所属の自由があります。同時に、グループを去る権利だってあっていいはずです。部活で退部制度を整えていないのは、「退部」というワードを生徒の念頭に置かせないため…というのは考えすぎでしょうか。



ブラック吹奏楽部にしないために

①顧問は生徒に目的を考えさせ、部員の価値判断にできるだけ干渉しないべき

部活は顧問の価値観を押し付ける場所ではありません。顧問の立場は文字どおり、アドバイザーであるべきでしょう。そもそも、学習指導要領には「部活動は生徒による主体的な活動」であるべきとされているので、本来は顧問の過干渉は許されないのですが。

音楽には、コンクールや技術の向上以外に様々な可能性があります。演奏会の機会を設けることも良いでしょう。演奏することのみならず、好きな吹奏楽曲を発見して聴くことだって、かけがえのない時間だと思います。賞を得ることは大切ですが、かならずしも成果主義に拘泥しないことが望まれます。

そういった音楽のもつ可能性を、ぜひ生徒自身で拡大してもらいたいものです。

②限られた時間で効率的な練習を行う

ピアニストに必要な練習時間は1日あたり3時間45分!?音楽と仕事の両立方法とは?

この記事にあるように、プロの練習量が1日3時間半以上ならば、アマチュアの個人の技術向上のためには1日に1時間半ほど練習すれば良い気がします。ただし、吹奏楽の場合は団体戦であるので、合奏に充てる時間はすくなくとも1時間は欲しいところ。

練習を休んだのに上達した? ミュージシャンなら知っておきたい脳の機能「デフォルト・モード・ネットワーク」について

さらにこの記事によれば、楽器を演奏している最中は上手くはならないため、適度な休息をとり「脳内の整理」を行う必要がある、とのことです。週1回は少なくとも休む必要があることも、記事の中に書かれています。

従って、土日の1日練習は、不要です。せいぜい土日のうち1日は平日と同程度の数時間の練習にとどめ、日曜は休みで良いかと思います。

もちろん、努力を惜しまないという方は、それでも良いと思います。それを他者にまで強要することは個人的に許せませんが。

③退部制度を整える

先ほども掲げたように、人間には所属の自由があります。

退部制度を整えば、部活は退部ありきの組織になります。ここで焦点をおきたいのは「グループには脱退・退団がありき」という認識を広げることです。退部した後も、学校内で部員の目を気にすることは懸念されますが、それは法や制度の改正でなんとかなるものではないと思います。まずは制度を整えて、次第に「退部していいんだ」という認識を広げることが、望まれます。


さいごに

「ブラック部活」によりもっとも被害が及ぶのは、弱者である生徒です。

こういったブラック部活動は、文科省と教育委員、学校が一体となって防がなければなりません。

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コメント

  1. 774 より:

    そりゃ適当に吹奏楽やって和気藹々とやるならブラックと言わざるを得ないけど
    強豪校へあえて自分から入部するって事は練習量については覚悟しておかなきゃならない
    顧問については割合まではわからんが中には名誉っていう私欲のみで理不尽なスパルタやってる教師もいるだろう
    それ以上に生徒には金賞とってやり遂げる達成感っていうのを提供しなきゃならない責任ってのが顧問にはあるわけで
    たかだか3年(厳密には2年6ヶ月)で全国で金賞って実績出すには不特定多数の学生とプロとで練習量や効率などなど比較するには逆にナンセンス

    強豪校に入るからには競争が必ず付いてくる
    ヨーイドンで手繋いでみんなで一等賞などというのはお遊びでやってる吹奏楽へ入学すればいい
    むしろヨーイドンのスタートラインは不平等。人によっては100m走なのに20mしか走らなくていい生徒もいれば2km後ろからスタートする生徒もいるだろうしな

    あとはっきりと優劣がつく中でいじめに近い行為や辞めづらいといった風潮が生じるのも吹奏楽に限った事ではなく他の部活や社会に出ても一緒
    もちろんそれを良しとしてはいけないがそれは組織としての議論で吹奏楽の退部制度が云々言うのなら軸がブレている

    • Homer より:

      774さん

      コメントありがとうございます。

      退部制度は、たしかに組織のもつ問題に関するものではありません。ただ、単に組織の問題にフォーカスするだけではなんの解決も提示できないほどに、組織やその内部の人間ができあがってしまっている。もっといえば学校では、外部の人間が組織のもつ問題を指摘し解決できるほどに自浄作用があるわけではありません。会社などの多くの組織も同様です。

      刹那的な手段になってしまいますが、解決策のひとつが退部制度という「逃げ道」を設置することだと思います。ただ、退部した生徒が学校で顧問と会わざるをえないのが厄介ですが…。さらに言及が不足していましたが、退部制度は吹奏楽部に限ったことではなく、ほかの部活にも適用すべき事項でしょう。特に事前に部活に関する情報をしらない生徒たちにとっては、部活であれ会社であれ、逃げてもいいと思えるような機会があって良いものだと思います。もっとも会社は退職制度のみでブラック企業の問題を語りつくせませんが…

      774さんは、強豪校を選べるという前提でお話をされています。高校では強豪校に入るか否かを選べますが、多くの中学ではそうとも限りません。そのような中学で、単に音楽に興味のあるだけの生徒を競争ありきの部活に巻き込んでしまったら、どれだけの生徒が心身を病むのでしょうか。吹奏楽部が競争前提か否か、競争への耐性があるかを入部前に判断できる中学1年生は、ごく一部でしょう。高校1年生でも同様だと考えます。

      社会や部活の組織は競争ありきだとする主張に、私は疑問を持ちます。弱い人間は組織の中で死ぬことが是とされる危険があるからです。一方で、競争前提の賞を勝ち取るための機会を選べれば良いとも思います。生徒たちに、そういう競争を前提とした組織だと十分に知らせた上で入部をさせるならば、良いと思います。顧問の先生の責任や厳格さも、十分な部活に関する情報を生徒に与え、入部の同意があった上で、発生させるべきでしょう。

      長々と失礼致しました。