教職課程における介護等体験が、何のためにあるのか

こんにちは、Homerです。久々に教育の記事を書きます。

教員免許の取得をするためには、計7日間介護等体験が必須です(特別支援の第1種免許状を取得予定の人は除きます)。

ある意味教員養成課程を専攻している学生にとって、介護等体験が乗り越えるべき「壁」となっているのも事実。しかし、やることがあまりにも教育とかけ離れているし、モチベーションが上がらない方が多くいる印象です。

介護って、意味ないだろ…

7日研修したところで、教育現場で活かせることも見当たらねえし…

気持ちはわかる。僕もそう思ってました。そんな僕も最終的には、介護等体験の意義は十分あると考えるようになりました。それは、なぜか。

学校には教育と福祉の2つの側面が含まれている

僕が介護等体験に対する考えを変えたきっかけは、ある方のツイートを見たことです。そこには、「学校には教育だけじゃなくて福祉の領域が含まれているから、介護等体験が必要である」という旨のツイートがありました。(許可をまだいただいていないので、もとのツイートの掲載は控えます。)

教育と福祉の役割は、大きく異なっています。

教育は、児童や生徒が成長することを前提として進められます。結果主義的な側面も含まれます。けれども、

福祉はその逆です。成長はおろか最低限度の生活がままならない人々に、人間らしい生活と幸福を与えるのが福祉です。そこにはより高い成果・功績ではなく、最低限幸福を保証する設備が設けられるべきです。例えば、給食。給食は、貧困の人からするととても大切な栄養源です。家庭でろくにご飯を与えられない子だっているんですからね。

教師にはときに、福祉的側面が求められます。特に、スローな生徒には福祉的視点から接する必要があるでしょう。したがって介護等体験は、教育とは相反する福祉の性格を介護の現場で確認したり、実習生のなかにある福祉への適性を発見する機会であると僕は考えます。

介護施設での実習に、変な目標はもたなくていい

少し話は変わりますが、個人的なアドバイス。

介護実習に目標みたいなのは必要ない気がします。介護実習の事前指導でよく言われる「目標を持って取り組んでください!」という指導も、僕からしたらいささか適切じゃない。

というのも、7日間しか施設に滞在しない介護等体験の実習生に、介護職員のような行動を目指させるのは違う気がしますし、先にも挙げたように「目標を立てる」に表れる教育やビジネスっぽい性格を介護施設にもっていくのは、とても違和感があるからです。(なお、特別支援学校の場合はその限りではありません。)

目標をもつよりもやるべきことは、介護の現場で与えられた環境や業務を手段としてその場で自分が何ができるかを観察して動くことでしょう。そして、上記にもあるような学校現場で適用されている福祉的側面が何かを発見することが、学びに繋がる気がします。

特にこれから介護等体験に向かう方の参考になれば、幸いです。




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

コメント

  1. ゆる より:

    私は一部意味がないと考えております。

    筆者様のご意見も最もですが、実際の介護の現場で実習生ができるほとんどのことは何を話しているかもわからないご老人と会話したり、吐瀉物の付いた皿を洗わされたり、雑用の山です。

    もちろん、他にも素晴らしい経験をされている方がいるのも事実です。ですが、ご老人と関わることが直接教育現場で生きる可能性は少ないと思います。

    私は介護等体験の中の特別支援学校に行く期間を延長し、介護施設に行く期間を廃止するべきだと考えております。