読書感想文なんてクソくらえ、と思っていた

「読書感想文って、何を書けばいいのかわからん。」そう悩んでいた時期ってありませんでした?

僕たちは「読書感想文」っていう課題を通じて文章を書かされていましたが、中には苦痛を感じていた人もいるかもしれませんね。僕も、その一人でした。

読書感想文の書き方がわからなかった小中学時代

僕は小学校から中学の頃まで、夏休みの宿題を絶対に溜めませんでした。しかしながら、かならず残ってしまう課題が2つあった。それは、詩の製作読書感想文でした

これらの課題は、答えのある国語算数理科社会と違って、答えがないから一体どのように書けばわからなかったのです。こと読書感想文に関しては、「本を読んで思ったことを書けばいいんだよ」と言われましたが、本を読んで思ったことなんてなかった。エゴイストの僕は、小さい頃から僕の世界を思うがままに生きていたので、本に出てくる登場人物の行動やセリフが自分に訴えるものなんてありませんでした。さらに、読解力の低い自分には、本の内容も頭の中に入ってこなかった。したがって感想文の執筆の際には、一度読んだ本を何度もめくり返しつつ、なんとか文章を作っていました。

今振り返ると、読書感想文のコンクールで毎年賞を取るのは、同じ女の子でした。だから、「僕には読書感想文を書く才能がないんだ」そんなことを思っていた気がします。

そんな僕が読書感想文のコンクールで初めて賞を取ったのが、高校時代でした。



はじめて入選を果たした高校時代

高校三年生になってようやく、校内の読書感想文コンクールで初めて入選をとることができました。佳作よりも1ランク低い賞だったので、入選なんて名誉ではないと思われるかもしれないのですが、読書感想文で何一つ褒められることがなかった僕からすると、とても嬉しかったのです。

でも、入選になった作品を生み出すプロセスは、あまりいいものとは言えません。なぜなら文章に書かれた僕の気持ちは、僕の本音ではなかったからです。

僕は、のちに入選する事になった感想文を書く前、前年度の校内の感想文集なるものを本棚から見つけました。こんな文集があったなあ、などと思いながら、去年最優秀賞を取った同級生の女の子の友人の文章を見ることにしました。その文章の内容が、当時の僕からすると衝撃でした。

「私は、亡くなったおばあちゃんのことを思い出して、涙を流していました。」このような文章が目に飛び込んできました。

確かに、その女の子の文章は、素晴らしかった。本に出てきたある登場人物の感情や経験を分析し、過去の自分の経験と照らし合わせて感じた心の動きを、正直に綴っていた。

当時の自分は、村上春樹の文章を読んでも、「主人公が女の子と沢山絡んでいてうらやましいなぁ」くらいにしか思えないくらい感想を持てない、あるいは本や映画を見て涙することのないほどに鈍感な人間です。加えて、涙すること自体、恥ずかしいと思っていたほどでした。だから、自分が泣いたことを正直に文章化するなんて考えられなかったし、その女の子の涙するに至ったプロセスを疑いました。しかし、その女の子のことは僕も知っていて、明らかに嘘をつくような子ではなかったので、文章の内容を疑うようなことはすぐにやめました。

読み終わってあーだこーだ考えているうちに、「こんな文章を学校は求めているのか」と思った。そう思い立った瞬間、僕は筆を執りました。さすがに文章力はないとはいえど、自分の感情をでっちあげて文章にするだけの力は僕にもありました。文章を作る際には、上記のように、彼女がやっていることを真似してやりました。あくまで、「この文章を読んだ人はこの登場人物のこういう点に着目して、こういう感想を持つだろう」と考え、まるであたかも自分がそう思ったかのように文章を綴ったのです。結果、その文章は入賞した。

…しかし今振り返れば、とても虚しいのです。こんなことをしても、まったく自分のためになっていないですから。

感想文について今振り返って思うこと

結局、読書感想文なんて「自分の過去や現在としっかりと向き合ったのが文章から見受けられれば賞に近付く」みたいな節があると思うんです。それを前提として、書いた文章が読んだ人の心に留まれば賞は取れるし、そうでなければ取れない。それを知る事ができたのは収穫で、無駄ではなかったのかもしれませんね。

大学の講義で書く感想も似たようなものだと思います。提出する感想である以上、教授みたいな読み手がいて、彼らが納得いくor面白いと思える文章を評価する。もちろんそうじゃない先生方もいて、ある程度評価の基準を事前に設け、その基準に沿って成績をつける場合もある。僕の場合、視野のせまさゆえに、どうしても感想や疑問を持てない講義が存在したので、いちいち感想を書かないといけないことが気に食わなかった。だいたい教育学部の学生は器用で、「これを書けば教授も喜ぶだろう」みたいな文章をすぐに編み出して書いちゃいます。しかし、僕はそれが素早くできません。読書感想文なら考える時間はたっぷりありますが、講義の場合はそうではありませんし。

ブログみたいな文章も、文章に書いてある感情が事実であれ虚偽であれ、「面白ければ勝ち」みたいなところがある気がします。でも、自分の好きな事を書かないと何の足しにもならない事は、読書感想文を通して承知ですから、そんなことはしようと思いません 。面白い文章と書きたい文章が同時にかければもっとも良いのですが。

ツイートであれ、ブログであれ、仕事で書かない文章は、自分のために書くものでありたいですね。




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