指揮者カラヤンとは何者なのか、簡単に解説します

ヘルバルト・フォン・カラヤン(1908-1989)。「楽壇の帝王」の異名を持つ、20世紀最大の指揮者である。

知っている指揮者は誰か、と聞かれて多くの人間が第一に答えるのが、彼の名であろう。名前を知らずとも、音楽室で彼の写真を見たことのある人もいるかもしれない。

指揮者は、いわば音楽監督である。その音楽の様相やクオリティが如何であるかは、ほぼ指揮者によって左右される。加えて、指揮者には音楽全体への深い知識や理解はさることながら、リーダーシップ、マネジメント能力、団員との信頼構築能力なども試される。それができなければ、リタイアを余儀なくされる世界である。

信頼に関してもっと言えば、特にプロのオーケストラにおける人間関係は厳しく、一度多くの団員から反感を買ってしまえば、ひどい場合は練習をボイコットされることもある。実際に若かりし頃の小澤征爾氏が、日本のトップクラスのオーケストラであるNHK交響楽団の団員からのボイコットを受け、それが新聞に掲載されるほどの事件に発展したことがある(N響事件)。

話は戻って、カラヤンが指揮者として一体何がすごいのかを知る人は、実は少ないように思う。




カラヤンと2大オーケストラ

カラヤンは、ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者と芸術監督を33年勤めた。カラヤンはベルリンフィルにおける歴代最長の常任指揮者である(執筆時点)。

しかも彼は、ウィーン国立歌劇場の総監督も務めていた。その劇場の専属オーケストラであるであるウィーン国立歌劇場管弦楽団は、現在のウィーンフィルハーモニー管弦楽団の母体である。カラヤンは、当時のヨーロッパ楽団の2大巨塔を股に掛けたのだ。

ほかにも、ロンドントップクラスであるフィルハーモニア管弦楽団、オペラ界の最高峰であるミラノ・スカラ座、世界的指揮者の集うオーストリアのザルツブルク音楽祭というように、ヨーロッパの音楽を牛耳ったことも「帝王」の呼称たる所以だろう。

指揮者としてのすぐれた運営能力とカリスマ性

カラヤンといえば、その威厳とカリスマ性、統率力で名高い。

たとえば、オペラのリハーサルでは指揮者としての力量が大いに試される。指揮者はオケピットと呼ばれる舞台下の楽器奏者のために設けられるスペースでタクトを振るのだが、演奏を束ねるほか、オケピから舞台を見ながら演奏のタイミングを調整したり、オペラ歌手の声の調子に配慮したりと大忙しである。

しかし、オペラの指揮においてもカラヤンは優れた管理能力を発揮し、見事にそれらをやってのけたのだ。どうやら、ドイツで活躍した偉大な指揮者たちも皆、この道を通ってきたようである。

しかし、あまりにも完璧な動きをすべてのスタッフに要求したためか、晩年でのオペラ指揮者としての活動はザルツブルグ音楽祭のみに限られた。

彼がいると、奏者全体の音が一つに聞こえる。

カラヤンは、タクトで明確なリズムを刻まない。それは、彼からの「私の考えるように演奏しろ」というメッセージである。そのため、皆が別の奏者の音に敏感になり、少しの狂いもないように繊細に演奏しようとした。それが功を奏するのも、彼のカリスマ性と威厳によるものである。

奏者が大きな失敗をすれば、すぐに首が飛んだ。実際にオペラで、音の出だしを失敗したホルン奏者がクビを宣告されたことがあったようだ。

新人の発掘に熱心だったカラヤン

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カラヤンは、才能をもつ音楽家を多く発見し育成した。その新人発掘の力は、誰もが認めたほどだ。

その1人が、日本を代表する指揮者、小澤征爾氏である。ベルリンフィルのカラヤンの後任指揮者は小澤氏に任せる予定だったが、団員からの選挙というどうしても乗り越えられない壁があり、氏はやむなくウィーンフィルで指揮者として選ばれた説もある。

カラヤンに才能を見出されたのは、指揮者だけではない。クラリネット奏者やピアニスト、ソプラノ歌手など、多岐にわたる。

テクノロジーや先進的な技術の導入

カラヤンはテクノロジー等に可能性を感じ、次々に着手していった。

カラヤンがベルリンフィルのブランディングならびに、収入増による団員の待遇改善に貢献したことは有名である。

その手段としてまず、CD録音を世界に向けて販売したことがあげられる。録音した曲数は1,189曲。1ヶ月あたり1曲録音すれば99年はかかる計算だ1。何度も録音し直した曲もある。しかも演奏に1曲1時間ほどかかるものもある。骨の折れる作業であることは言うまでもない。

彼はソニーの創業者である盛田明夫氏とも親交が深く、CD開発などについてよく語り合ったほどだ。

また、自身の演奏の様子を撮影するべく、映画制作に携わる技術者と会社を立ち上げもした。

ベルリンフィルとの演奏旅行も多数行った。生涯に演奏会を計3,198回行った(62年間で1週間に1度はコンサート行っていた計算である2)。日本にも度々駆けつけ、多くの聴衆を魅了した。

売上を妨げる要素があれば異議を唱え、断固としてその主張を曲げなかったという。




審美的で、完璧主義

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カラヤンは、徹底して美しく濃厚なサウンドを奏者に求めたという。また、レガート(2つ以上の音をつなげる奏法)を多くの楽曲で多用し、動的な演奏に仕上げた。年代によって彼の演奏の特徴は異なっているが、晩年に近づくにつれて音楽に自然な落ち着きを見せたという。

しかしカラヤンは、完璧主義・権威主義ゆえにベルリンフィルからも多くの退団者を出したり、ベルリンフィル以前に在籍した楽団では殺人予告まで出されそうになったという噂もある。

カラヤンの指揮で特徴的なのは、目を閉じて円を描くように指揮するところにある。オペラや晩年でのいくつかの演奏を除き、多くの演奏で彼は目を瞑っている。

カラヤンが目を閉じて指揮を行う姿を、理想の高さや自己愛のあらわれだとの見方もあり、彼が自己愛性人格障害を患っていたとする説も存在する。

人々のカラヤンへの評価

クラシックファンの間では、彼のアンチは多い。録音や演奏旅行による利益主義のイメージが先行したり、あるいは権威主義・管理主義を振りかざして多くの退団者を出したことも、彼が苦手になる要因となっているのだろう。クラシックマニアとして、あえてカラヤンを聞かないという者もいる。

私もカラヤンの演奏を聴くと、音から緊張感が伝わり、あまり落ち着いていられなくなる。彼のような権威主義的で指示的な人間の前で演奏する際の緊張感を知っている人間なら、共感する人もいるかもしれない。

それでもカラヤン没後から数十年経ち、改めて彼を評価する声は多い。どの指揮者による演奏と比較しても、カラヤンほど自然で美しい演奏をさせられる指揮者は少ないという。実際にベルリンフィルの最盛期は、カラヤンの在籍時だと言われている。

カラヤンほど革新的に音楽活動を行い、かつ理想的な演奏を残せるような指揮者は、今後しばらく出てこないのではないだろうか。

1, 2: 数字が語るカラヤン(Universal Music Japan)より

↓ブラームスの交響曲第1番は、クラシックを知らない方にも親しみやすい筈。

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