映画『ピアノレッスン』/究極の男女の形

こんにちは、Homerです。

僕が好きな映画の一つである、『ピアノ・レッスン』(邦題: The Piano)を紹介しますね。

あらすじ

6歳の頃から自ら言葉を発しなくなったエリダは、その娘のフロラとピアノを乗せてスコットランドからニュージーランドへと舟で渡っていき、そこで彼女は夫のジョージに嫁ぐ。しかし、ジョージはエイダの心が理解できず、彼女の大切なピアノを浜辺に置き去りにしたり、彼の友人であるアリステアの土地と交換してしまう。一方アリステアは、ピアノを教わる名目でエイダを自室に招き、一度のレッスン毎に鍵盤を一つづつエイダに返す代わりに、エイダの身体に触れていく。アリステアの行為はしだいにエスカレートしていき…

こんなところでしょうか。

哀しげな世界観

全体的にトーンは暗めです。音楽も助けてか、哀しげで、もの憂げな雰囲気が物語全体を包んでいる印象です。

舞台であるニュージーランドの自然、性を肯定するかのような土着のマオリ族たち、雨の中浜辺に佇んだままのピアノ…僕らにとってはまるで異世界ですが、心が落ち着きます。なぜか違和感はなく、むしろ整然としている印象です。

しかし、目が覚めるほど官能的。

※このセクションは多少のネタバレを含みます。

官能的であること。それが、僕にとってのこの映画の大きな魅力です。

エイダと不倫相手のアリステアが惹かれ合うシーンを初めて観た時には、目が覚め、胸が熱くなるような感覚がしました。その瞬間に、「官能的」というワードの本当の意味を知った気がします。間男のアリステアの見た目は野性的ですが、そんなことさえ気にならないほど性的です。

この映画の監督は、ジェーン・カンピオンという女性の監督です。なるほど、道理でそういう描写に拘ってるわけですね。エイダとフロラの内輪な対話も、女性らしさを感じさせます。

高校生の妄想や少女漫画のような物語は、単に各々の性にとっての理想でしかなく、愛にはなり得ません。対して、この2人の絡みこそが愛の究極形でしょう。単に不倫だから、と否定できる代物ではありません。

観た方のなかには、夫のジョージに同情し、胸糞悪くなる方がいるかもしれません。ただ、僕の場合はそんな事はなく、「夫がエイダの気持ちを理解できてないんだから不倫されても当然でしょ!」くらいの考えです。

マイケル・ナイマンの音楽も素晴らしい

僕が『ピアノレッスン』を知るきっかけになったのが、この映画のテーマ曲である「楽しみを希う心」です。

映画自体も素晴らしいですが、この曲を抜きにして『ピアノ・レッスン』は語れないでしょう。哀しくも、美しい旋律です。

曲をモチーフにした音楽が各シーンで流れます。さすがナイマン。

ちなみに劇中では、この曲をエイダ役の女優ホリー・ハンター本人が弾いているようです。

さいごに

邦題のThe Pianoは、彼女にとってのピアノが何であるかを理解すると、しっくりくるかもしれませんね。

娯楽映画をすこし外れて味のある「名作」に触れてみたい方には、おすすめです。もしご覧になった方がいたら、ぜひ感想を伺いたいですね。

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